棋譜に著作権はあるのか
1.「棋譜に著作権はあるのか: 著作権・不法行為から棋譜の保護を考える」(松尾 剛行著)の紹介[1]
「棋譜に著作権はあるのか」と題する本を読みましたので、まず、この本を紹介したいと思います。

書影
1-1.棋譜とは
将棋において、棋譜とは、対局者が指した手順を後で再現できるように順番に記録したものを言います。▲6四龍 △4七銀 などのように記録されます。
1-2.棋譜の利用について争いのあった事件(リアルタイム配信逆転不法行為事件)[1][2]
1-2-1.事件の概要
将棋連盟は、棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げ、これにより棋戦を主催するための開催・運営費用を賄っています。
そして、上記許諾を受けた「囲碁将棋チャンネル」ら放送配信事業者は、当該棋戦を有償配信し、これにより棋戦の配信の権利を受けるために負担した協賛金ないし契約金を回収し、さらに利益を上げようとしています。
本事件において、「配信者」(いわゆるユーチューバー)は、「囲碁将棋チャンネル」の有料番組を視聴し、それに基づき王将戦等の棋譜の情報を取得しました。
その上で、「配信者」は、そこで得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対してYouTubeを通じて無料で配信し、広告収入を獲得しました。
「囲碁将棋チャンネル」がYouTubeに対し、「配信者」の動画を削除するように求め、YouTubeは動画をいったん削除(公開停止)しました。
「配信者」は、動画公開の停止に伴い広告収入が減少しました。
そのため、「配信者」は、「囲碁将棋チャンネル」に対し、いわれなき権利侵害通告を行ったことについて損害賠償の支払い等を求めて裁判所に訴えました。
1-2-2.判決
一審では、「配信者」の行為は不法行為にならない、すなわち「配信者」勝訴となりました。
しかし、「囲碁将棋チャンネル」が提起した控訴審では、「配信者」の行為は不法行為になる、すなわち「配信者」敗訴となりました。
ここで、不法行為とは、故意や過失で相手の権利や法律で保護される利益を侵害した場合に生じる責任です。
不法行為をした者はそれによって生じた損害を賠償しなければならないとされています(民法709条)。
この事件では「囲碁将棋チャンネル」側には保護される営業上の利益があり、「配信者」が棋譜を使って動画配信をしたことは、「囲碁将棋チャンネル」側の営業上の利益を故意に侵害したものであり、これによって実際に損害が発生したことが(控訴審で)認められたということになります。
1-3.著作権に関して
本事件においては、将棋チャンネルが使用する棋譜に著作権があるのか否かについては争われませんでした。
類似の訴訟が他にもあるのですが、裁判の場で棋譜の使用が著作権侵害で争われたことはないようです。
「棋譜に著作権があるのか」について著者の考えは以下の通りです。
①著作物性が認められるためには、そこに創作性がなければならない。
②棋譜は、(表現ではなく)アイデアの側面での創意工夫が発揮されているにすぎない。
③「差し手の選択の幅」は表現における選択の幅ではないことが多く、その結果として(表現における)創作性はないと判断される可能性は高そうである。
としています。
すなわち、著者は棋譜に著作権はないと考えているようです。
一方で、本の中で弁護士・福井健策の「もし次の一手を、勝つためでなく、美しさのため、また、見る人への面白さのため選択するのであれば、その対局は「試合」ではなく「作品」であって、著作物となる可能性はあります・・」という意見も紹介しています。
以上、本の内容をごく一部紹介しました。
1-4.感想
この本[1]は、前記「リアルタイム配信逆転不法行為事件」を含めいくつかの判例から棋譜の利用が不法行為に該当する場合があることを教えてくれます。
また、棋譜の著作権性に関する議論を深めるものでした。
インターネットを利用して(将棋に限らず)様々な情報がきわめて容易に取得でき、また、発信できるようになった現在、情報の独占・利用のバランスをどのようにとるべきなのかを考えるきっかけとなる良い本でした。
将棋ファン、著作権について知りたい人、インターネットで情報発信する人に特におすすめできる本だと思います。
2.棋譜に著作権はあるのか(私見)
私なりに棋譜に著作権はあるのかについて考えてみました。
著作権で保護される著作物は著作権法第10条に例示されています。
しかし、このなかに「棋譜」はありません。
そのため、棋譜が著作物なのか否かについては著作権法第2条1項1号で定義される「著作物」にあたるか否かによって判断することになります。
著作権法第2条1項1号によれば、著作権で保護される著作物であるためには、以下の4つの要素を満たす必要があります。
(1) 思想又は感情が表現されていること
(2) 創作的に表現されていること
(3) 表現されたものであること
(4) 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであること
「棋譜」がそれぞれの要素を満たすかどうか・・・(3)以外はいずれも微妙です。
話は変わりますが、「おにぎり料理法事件」(東京地裁 平成23年4月27日判決)において料理のレシピ(料理法)の著作物性が否定されました[3]。
「おにぎり料理法事件」の判決文には「上記料理法は、御飯に模様を入れる料理法というアイデアそのものであるから、それ自体は著作権法によって保護されるべき対象とはならない。」と記載されています。
すなわち、料理のレシピ(ご飯に模様を入れる手順など)はあくまでアイデアであって「表現」ではないため、著作権法で保護される対象にはならないと判断されたのです。
また、料理のレシピ(料理の手順)は文字で記述されますが、その手順の記述についても、一般的な用語を使ったありふれた表現にすぎず、創作性はないとされ、著作物性が否定されたのです。
著作権が保護するのは「具体的な表現」であって、アイデアではありません。
「料理のレシピ」の内容はアイデアにすぎませんから、著作権によっては保護されません。
また、「料理のレシピ」を文字で記述した際のそのレシピ文が著作物に該当するのか否かが問題になりますが、その記述が一般的な用語を使ったありふれた表現にすぎない場合は、「思想又は感情が表現されている」とはいえず、表現自体が「創作的」であるとも言えないため、著作権で保護される著作物とはいえません。
ただ、そのレシピも、(例えば)うまく仕上げるコツを独自の表現で記述するような場合、その具体的な表現は著作権法で保護される可能性が出てくるでしょうし、写真や絵で解説するような場合にも著作権法で保護される可能性が出てくるでしょう。
棋譜も同様だと考えられるのではないでしょうか。
棋譜が示す将棋の差し手の「内容」はアイデアにすぎないため、著作権によっては保護されません。
また、棋譜を文字列として表現したもの(▲6四龍 △4七銀のように示されたもの)は、一般的な用語を使ったありふれた表現にすぎません。
よって、「棋譜」の内容及びそれをありふれた表現で記述した文字列には著作権はないと考えるのが自然かなと考えます。
以上は、あくまでも、私見です。
棋譜の著作権性については、今後法廷の場で明らかにされるのを待ちましょう。
しかし、仮に「棋譜に著作権がない」としても、棋譜の利用は不法行為に該当する場合がありますから、その利用の態様については十分注意する必要があります。
無用な争いを避けるため、棋譜利用の際は棋戦主催者が提示する「棋譜利用に関するガイドライン」を守るのが無難です。
<参考文献>
[1]松尾 剛行,棋譜に著作権はあるのか: 著作権・不法行為から棋譜の保護を考える,弘文堂,2026,特にp10-15,45-47,110,119-120
[2]囲碁将棋チャンネル事件 大阪高裁令7・1・30(令和6 年(ネ)第338 号・令和6 年(ネ)第1217 号) https://ipforce.jp/Hanketsu/jiken/no/14549
[3]東京地裁 平成23年4月27日判決(おにぎり料理法事件) https://jucc.sakura.ne.jp/precedent/precedent-2011-04-27d.html

